小林カツ代さんについて

最初のうちは気負ったかのように『民主と愛国』について書いてたけれど、ひさしぶりに更新すればまた料理本
ほんとうにこれは、書くまでもない事になってきた。


今回は小林カツ代だ。
といっても特定の本の感想をかくわけでもないのだが。
まず最初に何が言いたいというと、小林カツ代、本出しすぎである。
しかも、私が読んだものに限ってかもしれないが、エッセイ的な内容のものが多く、しかも誰かが言いそうな事を言う。
ちょっと冗長に感じてしまうのだ。
料理のコツとはいっても、そのコツが簡潔に書かれているのではなく、バターならバターで、カツ代のバターとの関わりや、日本人がバターについて持っている印象にまで話が及ぶのだ。
誰が読むのかという気も正直してくるときもあるが、こんなカツ代の日常哲学みたいなものがこれだけ出ているのだから、きっと需要があるのだろう。
すごい事である。


ただ、皮肉でもなんでもなく、良いところ、カツ代格好いいぜ!という所があって、それは、材料に関して拘らないようにしているところ。
コンビニや安売りスーパーで買い物をすることに敢えて反対はしないのだ。
冷凍食品すら、ときにはいいじゃないの、とまで言う。

たまには息抜きしましょうよ、と。
カツ代自身は、これだけの人だから良い材料も思う存分手に入る生活をしているだろうに、忙しい庶民の味方なのである。
普通なら、そんなふうに自らの生活と離れてしまっていれば、その庶民の味方っぷりが偽善的に感じられることもあろうが、カツ代の場合にはそれは皆無である。
それは彼女の場合、根底に自らの貧困の体験があるんではないかと思われるのと、何よりも圧倒的な量の家庭料理の本の数である。
これだけの量(100冊はとうに超えて160冊くらいあるらしい)の極々ありきたりな家庭料理の本を出すのだ。偽りでは決してできない量だと思う。


ところで息子のケンタロウについてはいつか何か書くかもしれないが、ここでは一つだけ。
彼が自分の料理道具について書いた本で、ルクルーゼという鍋を、色違いというだけで、たしか12個だか15個だか18個だか海外でまとめ買いした事があったみたいな事を書いていたのには驚いた。ひええ〜。
正直うらやましい部分もあるが、いくらなんでもあそこまではしないだろうな、どんなにカネがあっても。